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広島高等裁判所 昭和27年(う)329号 判決 1954年1月30日

控訴人 検察官 坂本杢次

被告人 西山俊男 外八名

弁護人 本間大吉 外九名

検察官 小西茂

主文

原判決中被告人武内松雄、同水口耕三、同藤井政見、同西山俊男に関する部分を破棄する。

被告人武内松雄を懲役四月に、同水口耕三を懲役三月に、同藤井政見を罰金十万円に、同西山俊男を懲役八月及び判示第二の一の(イ)第二の二につき各罰金五万円、第二の三の(イ)につき罰金十万円に各処する。

被告人武内松雄、同西山俊男の原審における未決勾留日数の全部を右本刑に算入する。

被告人藤井政見、同西山俊男において右罰金を完納することができないときは、いずれも金千円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人西山俊男に対し押収にかかる大安丸(広島地方検察庁昭和二六年領置第五九三号)を没収する。

当審における訴訟費用中国選弁護人本間大吉に支給した分は被告人武内松雄の、原審における訴訟費用中国選弁護人栗原良哉に支給した分の五分の一及び当審における訴訟費用中国選弁護人椢原隆一に支給した分の二分の一は被告人水口耕三の、原審における訴訟費用中証人水口耕三、中谷唯市、須槍唯志(以上昭和二六年一二月三日出廷の分)、中谷シゲ子、森岡義和(以上昭和二七年一月二二日出廷の分)に支給した分は被告人藤井政見の、原審における証人坂井一平に支給した分は被告人西山俊男の各負担とする。

被告人二宮了、同谷輝夫、同中谷朝雄、同伊藤十目次、同松田敏男、同小原一作、同二宮実の本件各控訴を棄却する。当審における訴訟費用中国選弁護人椢原隆一に支給した分の二分の一は被告人谷輝夫の負担とする。

理由

検察官坂本杢次及び被呉人二宮了の弁護人本間大吉、被告人谷輝夫の弁護人椢原隆一、被告人中谷朝雄の弁護人馬場照男、被告人藤井政見の弁護人竹内虎治郎、吾野金一郎、被告人伊藤十目次、同松田敏男の各弁護人伊藤仁、被告人小原一作の弁護人三浦強一、被告人二宮実の弁護人鈴木惣三郎、勝部良吉、被告人西山俊男の弁護人高木尊之の各控訴趣意は、いずれも記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから茲にこれを引用する。

一、検察官の控訴趣意第一点(被告人西山俊男に関する大安丸不没収の違法)について

関税法第八三条第一項は「第四七条第七五条若ハ第七六条ノ犯罪ニ係ル貨物、其ノ犯罪行為ノ用ニ供シタル船舶(中略)ニシテ犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルモノハ之ヲ没収ス」と規定している。そして右の没収に関する規定は、所有関係にかかわらず犯人の占有に係るものについても没収し得ることとしたこと及びその没収はいわゆる必要的没収である点において刑法第一九条の没収規定に対する特別規定を為すものであり、関税法が右のような特別規定を設けるに至つたのは、関税の取締の必要上特に船舶の没収はこれを犯則者ないし所有者の手許に保有せしめることが再び犯行を繰り返す虞があり、将来の危険を防止する等の目的で保安処分の意味においてこれを没収することとしたものと解せられるのであるが、しかしいかに取締上必要があるからと言つても、他面所有者の権利を保護する必要も十分存するのであるから、所有関係にかかわりなく犯人の占有に属することだけで没収するいわゆる占有没収においては、その犯人の占有が元来所有者の意思に基かないものであるとき(例へば所有者が強窃盗によりその所持を奪われたものであるとき)又は所有者に何等過失の責むべきものがない場合には没収し得ない例外があると解する。けだし所有者が強窃盗等によりその意思によらないで占有を奪われたものについては、たとえそれが犯罪の用に供されたとしてもこれを没収されるいわれがないしまた所有者に何等の過失の責むべきものもないのに没収を科することは、たとえ保安処分の意味があるとしても、没収もまた刑罰の一である以上刑罰法規の解釈として到底合理的なものとは言い難く、且つかく解すべきことは同条第二項の規定の趣旨からもこれを窺知するに十分なものがある。そして如何なる場合がこの例外に属するかは、船舶に関する法令の特殊性を考慮に入れ、各個の事実関係に基いてこれを決すべきである。

ところで本件は記録によると、所論の大安丸は当時坂井誠一の所有に係り、被告人西山俊男は右船主に雇われ同船の船長としてこれを占有中、同船を使用して本件犯行を犯すに至つたものであることが認められるのであるが、この場合原判決は所論摘示の如く説明して結局右大安丸は没収すべきものではないとしその言渡をしなかつたのであるけれども、右は前記関税法第八三条の解釈適用を誤つた違法があるものと認めざるを得ない。即ち原判決は、被告人西山俊男において前記のように右船主に雇われ同船の船長としてこれを占有しているうち本件犯行に及んだものであることを認めながら、しかも右犯行は船主の不知の間に所定の航海区域に違反して本件密航をなしたものであつて、船主の全然関知しなかつたところであるのみならず、すでに昭和二五年一〇月頃大安丸の運航につき信頼し難しとして同被告人に下船を求めていたのにかかわらず同人はこれに応ぜず密かに本件犯行に及んだものであることが認められるから、船主の善意の立証された本件の如き場合においては、船主の船舶所有権はこれを剥奪すべきものではないと判示しているけれども、船主の善意をもつて免責事由としたことはたやすく同意し難く所有者が同条による没収を免れるがためには、前記のように強窃盗の如く、犯人の占有が元来所有者の意思に基かないものであつたこと又は所有者に何等の過失の責めらるべきものも存在しなかつたことが証明されるのでなければならないのである。然るに所論の被告人西山俊男の大蔵事務官に対する第一、二回質問調書、同人の副検事に対する第二回供述調書並びに証人坂井一平の原審公判廷における供述等を綜合考察すると、同被告人は昭和二一年暮頃前記同船の船長となり、爾来右船主からこれが運航は勿論同船による運送業務その他船員に対する給料の支払等まで一切のことを任かされ、あたかも支配人的立場において万事を処理して来たものであつて、船主も一々これを指図し或は監督等を加えることもなく殆んど同人に放任していた状況であつたことが認められる。尤も前記証人坂井一平の供述を記載した公判調書によると、昭和二五年一〇月頃即ち最初の本件犯行の頃大安丸が二ケ月あまり消息を断つたので、船主は遭難したのではないかと心配し捜索願を出そうとしたけれどもこれを提出しないうちに同年一二月頃帰港したが、その際船主は被告人に対し船を降りてくれと申した旨の記載があるけれども、同供述記載によるも右は解雇を申し渡したわけではないというのであつて、その後も同被告人は引続き船長としてその占有を続け、同船により本件第二、第三の犯行を繰り返すに至つたものであり、犯罪防止について必要な処置をとらなかつたことが認められるから、右犯行は船主の何等関知しなかつたところであるとしても、その間船主として被告人の選任、監督等につき過失の責むべきものがなかつたとは到底認め難い。(単に右の如く下船を求めただけでは船主として必要な措置ないし注意をつくしたものとは認められない。)そして被告人の右占有を以て強窃盗の場合と同一視することはもとよりできないから、右は所有者の意思に基かない不法の占有であるということもできない。従つて本件はさきに説明した没収を免かるべき場合ではないといわねばならない。然るに原判決が前記の如く判示して本件大安丸を没収しなかつたのは、前記同条の解釈適用を誤つた違法があるに帰し、右の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は結局理由がある。

二、弁護人三浦張一の控訴趣意第一、二点(被告人小原一作に関する鳳凰丸没収の違法)について

関税法第八三条第一項の船舶没収の性質及びその没収要件等については、前記一の検察官の控訴趣意第一点に対する判断において示すとおりである。

そして本件鳳凰丸は、所論のように三浦正徳の所有に係り、本件犯行は同船の船長である被告人小原一作が右船主の不知の間に同船を使用して犯してものであつて、船主の関知しなかつたものであることは記録上認め得るところであるけれども、元来同被告人は前記船主に雇われ船長として適法に右船舶を占有していたものであるから、たとえ本件密航は所論のように船主の意思に反したものであつたとしても、同人の占有を以て強窃盗又は使用窃盗の場合と同一に論ずることはもとよりできないのである。そして記録によるも、同被告人が船長として右船舶を占有中本件犯行を犯すに至つたことにつき、その間右船主においてこれが選任監督等について過失の責むべきものが全然なかつたとは到底認め難く、且つその証明もないところであるからこれが没収を受くるもやむを得ないものというべく、これを以て刑罰の社会的妥当性を欠くものということはできない。

なお前記占有没収における犯人の占有は、所論のように裁判時においても存しなければならないと解すべきであるが、記録によると、本件鳳凰丸は右被告人の占有中犯行の発覚と共に差押処分を受け、右差押処分は原判決の言渡まで持続され、没収に関する点においてはその間占有関係に移動のないものというべきである。従つて原判決が前記条項に基きこれが没収を言渡したのは正当であつて、所論のような違法のかどはない。論旨は理由がない。

三、検察官の控訴趣意第二点(被告人水口耕三、同藤井政見に対する事実誤認)について

原判決は、被告人水口耕三、同藤井政見に対する本件公訴事実中、無免許輸出幇助の点を認めながら同輸入未遂幇助の点については犯罪の証明がないとして無罪を言渡したことは所論のとおりである。そして右輸出幇助は、右両名において、二宮了等が沖縄に密輸出するため使用するものであることを知りながら中谷朝雄所有の大平丸の傭船を斡旋し以て同人等の密輸出を幇助したというのであり、又輸入未遂幇助の点は、前記二宮了等が右密輸出の複航において沖縄から真鍮屑等を日本に密輸入しようとしてこれを同船に積載し、広島県佐伯郡宮島町沖合まで運んだとき発見せられその目的を遂げなかつたというのであつて、右輸出と輸入とは所論のように前記被告人等の斡旋にかかる大平丸の一航海における往路と復路の関係に当るものであること及び所論指摘の各証拠に徴するときは、右輸入未遂の点についても同様その幇助罪を認定し得るところであるから、原判決が右輸入未遂幇助の点につき犯罪の証明がないとして無罪を言渡したのは判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法があるものといわざるを得ない。論旨は理由がある。

四、弁護人椢原隆一の控訴趣意第一、二点(被告人谷輝夫に対する事実誤認、法令適用の誤)について

しかし、沖縄は関税法上外国と看做されることは、関税法第一〇四条の明定するところであり、当時同被告人において沖縄は外国でないと思つていたとしても、右は結局法の不知に過ぎないのであるから犯意を阻却するものではない。なお所論は右関税法の規定を以て憲法違反の規定であると主張するけれども、何等憲法に違反する点を見出し得ない。なお憲法のいかなる条章に違反するというのかその法条等を明示しないから、これに対する詳細な説明は与えるに由がない。論旨は理由がない。

五、弁護人竹内虎治郎、同吾野金一郎連名の控訴趣意第一点(被告人藤井政見に対する事実誤認)について

しかし、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決摘示の犯罪事実を認めることができるのであつて、記録を調査するも右の認定に誤があるとは認められない。所論は要するに原審が採用しなかつた証拠等に基き、原審が適法に採用した証拠の価値判断を非難するものであつて採用し難い。それ故論旨は理由がない。

六、検察官の控訴趣意第三点(被告人武内松雄、同水口耕三の前科に関する事実誤認)について

所論の被告人武内松雄、同水口耕三に対する各前科調書(この前科調書は当審において初めて検察官から提出されたものである)によれば、右被告人等にはそれぞれ所論のような前科の存することが認められる。従つて原審が同被告人等には前科はないものと認め各その懲役刑につき執行猶予を言渡したのは、判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法があるものといわざるを得ない。論旨は理由がある。

七、弁護人本間大吉の控訴趣意、同椢原隆一の控訴趣意第三点、同馬場照男の控訴趣意、同伊藤仁の控訴趣意(被告人伊藤十目次、同松田敏男の両名に対する分)同三浦強一の控訴趣意第三点、同鈴木惣三郎、勝部良吉連名の控訴趣意(以上いずれも量刑不当)について

各所論に鑑み、記録を調査して諸般の情状を検討し、所論の諸点を勘案するも、原判決の科刑はいずれも相当であつて、不当に刑が重過ぎるものとは認められない。論旨はいずれも理由がない。以上検察官の被告人西山俊男、同水口耕三、同藤井政見、同武内松雄に対する各控訴はいずれもその理由があるから、右被告人四名に対する検察官並びに弁護人の量刑不当に関する論旨についてはその判断を省略し刑事訴訟法第三九七条により原判決中右被告人四名に関する部分を破棄し同法第四〇〇条但書に従い当審において左のとおり自判する。又その余の被告人等の各控訴はいずれもその理由がないから同法第三九六条によりこれを棄却し、なお当審における訴訟費用(被告人谷輝夫の国選弁護人として椢原隆一に支給した分)は同法第一八一条第一項に従い主文のとおり被告人谷輝夫に負担させることとする。

一、被告人武内松雄、同西山俊男の本件の罪となるべき事実及び証拠の標目は、それぞれ原判決記載のとおりであるから、茲にこれを引用する。

二、被告人水口耕三、同藤井政見の本件の罪となるべき事実は

被告人水口耕三は被告人二宮了の養子であり、同藤井政見は船舶のブローカーをしているものであるところ、右両名はいずれも被告人二宮了等が無免許で関税法上外国である沖縄との間に貨物の密輸出入をするために使用するものであることを知りながら同人の為、昭和二五年一二月中旬頃広島市内において被告人中谷朝雄所有の大平丸傭船の斡旋を為し、よつて二宮了等をして同船を使用して原判決第一の一〇の(イ)及び(ロ)記載の如く貨物の密輸出及び密輸入未遂の犯行を為すに至らしめ、以て右犯行を容易ならしめて幇助したものである。右事実の認定証拠の標目は、原判決記載の第一の十及び第二の事実に対する証拠として掲記されているものと同一であるから茲にこれを引用する。

三、法令の適用

◎被告人武内松雄に対し

関税法第七六条第一項、刑法第六〇条

刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条

刑法第二一条

刑事訴訟法第一八一条第一項

◎被告人水口耕三に対し

関税法第七六条第一項第二項、刑法第六二条、第六三条、第六八条第三号

刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条

刑事訴訟法第一八一条第一項

◎被告人藤井政見に対し

関税法第七六条第一項第二項、刑法第六二条

刑法第四五条前段

刑法第一八条

刑事訴訟法第一八一条第一項

◎被告人西山俊男に対し

関税法第七六条第一項第二項、刑法第六〇条

刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条

刑法第一八条、第二一条

関税法第八三条第一項

刑事訴訟法第一八一条第一項

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 伏見正保 判事 尾坂貞治 判事 村木友市)

検察官の控訴趣意

第一点原審判決が本件犯罪行為の供用船舶である大安丸を没収しなかつたのは違法である。

原判決は「判示第二の犯罪行為の供用船大安丸は被告人西山の占有に係るものであるが、証人坂井一平の証言に徴すれば西山は同船の所有者坂井某(右証人の養父)より雇われ、船長として同船に乗組み船主坂井某より航行区域を有明海一円、或は関門大阪間に限定され、その海上運送業に従事していたものであつて同被告人の本件沖縄密航は船主の全然関知しなかつたところであり、既に昭和二十五年十月頃大安丸の運航につき信頼し難しとして船主より西山に下船を求めていたのに拘らず、西山はこれに応ぜず密かに本件犯行に及んだことが認められる。関税法第八十三条においては密輸出入の供用船にして犯人の占有に係るものは没収すべき旨規定しその除外例を規定していないがその趣旨とするところは船主の通謀その他帰責事由の立証困難を考慮し、船主の善意の立証されない限り一応これを没収すべきものとしたものであつてその善意の立証された本件の如き場合においては船主の船舶所有権はこれを剥奪すべきものではない」として没収の言渡をしなかつたのである。然れども関税法第八十三条の占有没収の規定は刑法第十九条の特別規定であつて、その趣旨とするところは原判決のいう如く、単に帰責事由の立証困難を考慮しているばかりでなく、犯罪の用に供した船舶を犯則者乃至は所有者の手より剥奪して、この種犯罪の発生を防止せんとする政策的意義をも有するものであつて所有者の意思に基かざる不法占有による場合は格別、いやしくも契約その他正当権限に基き占有する船舶であつて、関税法所定の違反行為に供用された場合は所有者の善意悪意にかゝわりなく当然これが所有権を剥奪する趣旨と解すべきである。

現に東京高等裁判所第十三刑事部が昭和二十五年十月二日言渡した判決においても「(前略)蓋し右賃貸借契約が所論の事由によつて民法第九十六条により取消し得べきものとしても詐欺による法律行為は取消される迄は一応有効に成立しているものであり、右法律行為に基く占有は取消される迄正当権限に基く占有と解すべきだからである。而して本件は関税法違反行為が右賃貸借契約が有効に成立していた間に行われたものであるから前記関税法第八十三条第一項に所謂犯人の占有に係るものとして所論の船舶を没収することは正当である」と判示している。

飜つて本件被告人西山の本件大安丸の占有関係について見るに大蔵事務官作成の被告人西山俊男第二回質問調書(へ第一冊三〇八丁裏)及び副検事作成の同被告人の第二回供述調書(同三二三丁表)の各供述記載並に証人坂井一平の証言(ほ第八冊二〇四四丁表及び二〇五一丁裏)を綜合すれば被告人西山は現船主坂井一平の先代坂井誠一が本件大安丸を購入した昭和二十一年暮以降、同人に雇われて同船の船長となり、これが運航は勿論運送契約も被告人の名において締結し、又運賃の受領諸経費や船員の給料等の支払も右坂井誠一の指示を受けることなく、被告人によつてなされ、時折帰港の際、これが精算をする有様で恰も支配人的立場において万事を処理していたことを認めるに十分である。しかも西山が船長として同船に乗組んでいるのは先代との間の雇傭契約に基くものであることは原判決自体によつても明白であるから、西山の大安丸の占有は雇傭契約によつて開始された正当権限に基くものであるといわねばならない。

尤も坂井一平の証言によると「昭和二十五年十月頃二ケ月余大安丸の音信なきため海難に遇うか、或は密貿易にでも従事しているのではないかと心配し、船舶捜索願を出そうとしたがこれも提出しないうち同年十二月頃帰港したので、先代と大安丸に西山を乗せない方がよいのではないかと話合つた上、先代が西山に船を降りて呉れと申した」(同二〇四七丁表以下)旨陳述しているが、「解雇する旨申渡した訳でもない」(同二〇五三丁表)というのであつて雇傭契約が解除されていなかつたことは疑う余地がない。更に同証人は「先代は大安丸の航行区域を有明海一円或は、関門大阪間に限定し、その範囲内で西山に海上運送に従事せしめていたのであつて区域外の航行はこれを許さぬ趣旨であつた」(同二〇五二丁表)旨陳述し、原判決も亦これを採用しているが本件大安丸に航行区域の制限があつたとしても「航行区域の条件に反すること」を解除条件とした雇傭契約が締結されていたとは到底認め得ないのであるから、被告人西山俊男の本件犯罪行為が坂井誠一との間の有効なる雇傭契約存続中に行われたことに何等の消長なく、又航行の条件に違反して本件密貿易が行われたとしても船長である西山は船主に対する関係において民事上の責任を負担することあるは格別それが為違反の時点より船舶の占有の合法性が直ちにかつ当然に失われ、不法占有に転化すると解すべき理由は存しないのである。殊に大蔵事務官作成の被告人西山俊男第一回質問調書中「問、大安丸の運航の指示は誰がしているか。答、私が使用権を坂井より委されているので私の自由でしています。坂井の指示は受けません。問、此の度の航海の指示も受けていないか。答、受けるのが実際だと思いますが、私の自由で行きました。今迄ずつと私の自由にしていましたので此の度だけ指示を受ける必要はないと思いました。」との供述記載(へ第一冊三〇二丁表)。或は又副検事作成の被告人西山俊男第二回供述調書中「今回の密輸について坂井さんから許可を得ていないが、私が大安丸を自分の許可を得ないで勝手に使用したとは坂井さんとしても言われません。何故かと言うと私が今迄勝手に使用し坂井さんが許して呉れているからです。」との供述記載(同三二三丁表)等に徴すれば航行区域の制限が厳格でなかつたことを推認できるのみならず、前記坂井証人は大安丸から音信なかつた際、或は船長が密貿易に従事していたと疑われる節があつたと供述し乍ら、その後これに対する適切なる調査或は措置を採つた事実は記録上毫も見受けられず、その後も被告人西山等を同船舶に乗込ましめ、これが運営等に当らせていた事実に徴し、船主には最も善意に解するも、故意に近い重過失ありというべく、従つて、原審認定の如く真の善意者とは解し難いのであるから、原審の認定は誤りといわねばならない。仮に、原審の右認定を容認するにしても関税法第八十三条が前記の如く不法原因に基く占有でない限り、船主の意思如何を問わず犯罪行為に供した船舶を没収する規定である以上原審が、右独自の見解に基き大安丸を没収しなかつたのは、法令の解釈並びにその適用を誤つたものというべく、右は明らかに判決に影響を及ぼすべき違法があるので、当然破棄されるべきものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

弁護人高木尊之の検察官の控訴趣意に対する答弁

第一本件被告人西山の大安丸占有は明かに不法占有であるから関税法第八十三条第一項に所謂占有に該当しないものと言わなければならない。

原審が「判示第二の犯罪行為の供用船大安丸は被告人の占有に係るものであるが証人坂井一平の証言に徴し西山は同船の所有者坂井某(証人の養父)より雇われ船長として同船に乗組み船主坂井某より航行区域を有明海一円あるいは関門大阪間に限定されその海上運送等に従事していたものであつて同被告人の本件沖縄密航は船主の全然関如しなかつたところであり既に昭和二十五年十月頃大安丸の運航につき信頼し難しとして船主より西山に下船を求めていたのにかかわらず西山はこれに応ぜず密かに本件犯行に及んだことが認められる。関税法第八十三条においては密輸出入の供用船にして犯人の占有にかかるものは没収すべき旨規定しその除外例を規定していないがその趣旨とするところは船主の通謀その他帰責事由の立証困難を考慮し船主の善意に立証されない限り一応没収すべきものとしたのであつてその善意の立証された本件の如き場合においては船主の船舶所有権はこれを剥奪すべきものではない」として大安丸没収の言渡をしなかつたことは洵に適正妥当であると言わなければならない。検事は本件大安丸について没収の言渡をしなかつた原審判決を目して違法なりと断じているが決して然らず寧ろ本件の場合は (1) 西山が船主の坂井より下船を命ぜられた (2) 西山はこれに応ぜず乗船し続けて運航し遂に本件密輸を行つた (3) しかも船主は本件の密輪について、故意は勿論過失も認められない これらの諸点よりして西山の占有は窃盗又は横領等の犯罪行為に基く不法占有と何等選ぶところはないのであつて契約その他の正当権限に基く占有なりと解する。検事の所論は失当なりと言わなければならない。検事は本件被告人西山の本件大安丸の占有関係について大蔵事務官作成の被告人西山俊男第二回質問調書及び副検事作成の同被告人の第二回供述調書の各供述記載証人坂井一平の証言を綜合して被告人西山が支配人的立場において万事を処理していたことを認め西山の大安丸の占有は雇傭契約によつて開始された正当権限に基くものと解しているが乗船の当初において正当に占有を開始しても船主より一旦下船を命ぜられた以上当該船舶の占有の権限はないのであつて船主の命に従わず引続き乗船を継続すればそは不法占有なりと断ぜざるを得ない。形式的に「解雇する」旨申渡した訳ではないにしても「船を下りよ」と申渡した以上実質的には解雇と同様な効果を発生しなければならないものと解す。従つて当該船舶には雇主の許諾のない以上乗船占有する権限はないものと言わなければならない。

検事は更に大蔵事務官作成の被告人西山俊男第一回質問調書中「大安丸の使用権を坂井から委されているので私の自由にしています、坂井の指示は受けません、航海の指示を受けるのが実際だと思いますが私の自由で行きました、今までずつと私の自由にしていましたので此の度だけ指示を受ける必要はないと思いました」との供述調書、副検事作成の被告人西山俊男第二回供述調書中「今回の密輸について坂井さんから許可を得ていないが私が大安丸を自分の許可を得ないで勝手に使用したとは坂井さんとしても言われません何故かと言うと私が今まで勝手に使用し坂井さんが許して呉れているからです」との供述記載等により航行区域の制限が厳格でなかつたことを推認できるのみならず坂井は船長の被告人西山が密貿易に従事しているのに適切なる調査措置を採つた事実は記録上毫も見受けられずその後も被告人西山等を同船舶に乗込ましめこれが運営等に当らせていた事実に徴し船主には最も善意に解するも故意に近い重過失ありと論断しているが全く独善的な主張と言わなければならない。

即ち被告人西山は自己の立場を擁護することに汲々とし一般被告人に共通な責任回避のための弁解をなしたに過ぎないのであつてこのことは原審公判廷における坂井証人の証言に対し何等尋問をなさなかつた一事を以つても明白であると言わなければならない。

果して然らば此等の措信し難き被告人西山の供述を全面的に信用し之に立脚する検事の主張は事実を弁まえざるものである。殊に前掲の如く「検事が船主において西山を引続き乗船せしめ」と言うに至つては独断も甚だしいものと言わなければならない。

第二仮りに然らずとするも関税法第八十三条所定の占有没収は憲法第二十九条の違反である。即ち、(1)  関税法第八十三条の規定は昭和二十一年五月十七日勅令第二七七号関税法の罰則等の特例に関する勅令において定められたものである。(イ) 右規定を設けた当時としては占領下の特殊事情に基き已むを得ないものがあつたといえよう。(ロ) 当時旧憲法下であつたからこの様な規定を設けられてもよかつたかも知れない。(2)  この規定は昭和二十四年の関税法の改正の際本法に取り入れられたがその時当然改正さるべきであつた。蓋し、(イ) 刑法第十九条の法意に照しても没収は本人の所有物に限るべきである。(ロ) 占有没収を規定しているのは本条と酒税法第六十二条のみであつて酒税法第六十二条の規定を看るに現在主食が統制されて濁酒用の米の配給は全然行われていない事、従つて濁酒はそれ自体犯罪行為に基因することが認められるからその占有没収を規定しても許されるかも知れない。(ハ) 然し船舶の場合は全くこれと趣を異にし保安処分以外にはその理由がないものと云わなければならない。然し終戦後の特殊事情の下においてこの保安処分は理由があつたかも知れないが経済事情の安定した現在においては全くその理由を発見するに苦まざるを得ない。(ニ) それのみでなく刑事法の根本精神に反し刑事法体系を紊るものであるから速かに改めなければならないものと解す。(3)  憲法は第二十九条に財産権の尊厳を規定し公共の福祉のためやむことを得ない場合でなければこれを侵すことは出来ないのであつて公共の福祉による場合にも相当の補償をすることとしている。しかるに本条によれば理由なく所有物を奪わるることとなる。(4)  本条は憲法の趣旨を蹂躪し刑事法の根本精神に反する違憲不当のものであると云うべきである。

叙上の理由により検事が原審判決が大安丸没収の言渡をしなかつたことを違法なりと断じたのは正しく事理を弁えず法の根本精神を没却し不当に財産権を奪わんとするもので原審判決こそ刑事法の根本精神に通暁し関税法第八十三条の占有没収の規定の真意を知り尽したる適正妥当なるものと言うべく何等法令の解釈並びにその適用の誤なきをもつて本件控訴は理由なしとして控訴棄却の判決あつて然るべきものと思料する。

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